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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)10286号 判決 1968年11月29日

原告 株式会社共立計器製作所

右訴訟代理人弁護士 宮里邦雄

被告 東京生命保険相互会社

右訴訟代理人弁護士 中村蓋世

主文

被告は原告に対し金四二三、二〇〇円およびこれに対する昭和四二年一〇月二六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決の第一項は原告が金一〇万円の担保をたてることを条件に仮に執行することができる。

事実

<全部省略>

理由

一、次の諸事実は当事者間に争いがない。

1  昭和四一年四月下旬本件契約が原被告間に成立したこと。

2  本件契約の保険料は月払で月払特約条項により毎月の保険料の払込猶予期間は翌月末までであり(第三条)、これを徒過すると保険契約が自動的に失効する約款の定めになっていること(精算配当付普通養老保険普通保険約款第三条第二項)。

3  原告は当時被告会社の社員で被告のため保険料の集金等の業務にたずさわっていた訴外大塚勇蔵に対し、(1)昭和四一年四月二二日金二九、九〇〇円(2)同年同月三〇日金一七九、四〇〇円(3)同年五月二八日金八九、七〇〇円を保険料の充当金或いは前納金として支払ったこと。

4  この外原告は訴外大塚に対し、(4)昭和四一年七月二日金一〇〇、〇〇〇円(5)同月二〇日金一四、〇〇〇円、(6)同月二七日金八〇、〇〇〇円を交付していること。

5  ところが、訴外大塚が被告会社に納入したのは右のうち(1)の第一回保険料(第一月分)と、(2)(3)の前納金から金二九、九〇〇円を第二月分(昭和四一年五月二五日から同年六月二四日までの保険料)として納めただけであること。

6  被告は原告に対し昭和四一年八月上旬頃、前記2の約款の定めにしたがい猶予期間内に第三月分(昭和四一年六月二五日から七月二四日まで)の保険料の払込がなかったから、本件契約が失効となった旨通知したこと。

二、<証拠>を綜合し、次の事実が認められる。

7 原告が本件契約を締結するに至ったのは、訴外大塚の勧誘によるものであるが、同人は右勧誘に際し、「東京生命保険相互会社千住営業所所長代理」なる肩書のついた名刺を使い(証拠省略)、女子社員を同行させたので原告は同人を秘書を伴った肩書相応の人と思ったこと。

8 右大塚は右勧誘に際し、いわゆる融資話法を用い、保険にはいれば、被告から融資を受けることができる、三五〇万円は融資できる、いって原告代表者の気をひいたこと。当時家屋の建て直し資金に金策をもとめていた原告は、右訴外大塚にいわれるまゝ、早く融資を得たさに、前記(2)ないし(6)の如くつぎつぎと保険料を前納したこと。

9 すなわち前記4の金銭授受も保険料の前納として原告が右大塚に支払ったものであること。

右認定に反する証人大塚勇蔵の証言部分は前掲各証拠に対比し措信できないし4の(4)(5)(6)の金額が一ケ月分若くは数ケ月分の保険料に合致せず、半端な額であることも右認定を妨げるものでない。また甲第一号証の一ないし四の各名刺には「右御借りしました」なる文言が記載されていて、一見金銭貸借の観を呈しているが、原告代表者本人尋問の結果によれば、右甲第一号証の一ないし四は金銭授受当時のものではなく、後にさしかえられたものであることが窺われるから、これもまた右認定を左右しない。

そうすると、原告が訴外大塚に支払った金銭は全額保険料として支払われたものである。但し、被告はこの場合右訴外大塚は右保険料前納金を受領するにあたり自己の名刺(甲第四号証の五)を使用して預り証を発行しており、被告会社所定の正規の領収書(乙第六号証)を発行しなかったから、原告の支払は被告に対する支払とはならず、右保険料の支払は被告に対する関係では本来無効なものであるという。しかし、訴外大塚が当時被告会社の社員で単に新契約の募集第一回保険料の受領のみならず、既契約の保険料の集金業務にたずさわっていたものであることは当事者間に争いのない点であり、従って、同人は少なくとも保険料の受取りに関する限り被告の代理人または補助者と解すべきであるから、かかる地位にある者に対する保険料の支払は通常とりもなおさず被告に対する保険料の支払に外ならない。同人の発行した領収書が正規のものでなかったとしてもなお同断である。

三、ところで、被告はこのように保険料が支払われているのであれば、保険契約が失効することなく存続するだけの話で訴外大塚がこれを横領したとすれば被告の金を横領したので、原告には何の損害もあるべき道理はないと主張する。これは、この限りでは正論である。けだし、本件契約に際し、当事者間でこれに従うことに合意された約款によれば、保険料が払込まれずに猶予期間が過ぎると本件契約は自動的に失効するのであるが、保険料が支払われている以上契約はこれまた自動的に継続されているのであって、被告が原告に契約失効の通知を発したとしても、それによって本件契約が失効するものではないからである。しかしながら本件では、なお次のような事実が認められる。

10 被告は原告の保険料が納入になっていないことから、前記6のとおり、原告に失効通知をなし、更に<証拠>によれば被告会社千住月掛営業所長高倉昭恵も、原告の訴外大塚に対する金銭の支払は会社の正規の領収書が使われていないから保険料の支払とは認められず、個人的な貸借であるとの見地から、原告に対し、本件契約は失効した、原告の金員支出は被告の関知するところでないとの態度を表明していたことが認められるし

11 他方、原告は弁護士に依頼して、昭和四一年一二月二〇日被告会社千住月掛営業所長に対し、訴外大塚の横領に対し損害賠償を要求する態度に出たことが<証拠>によって明らかである。原告としては融資の件は訴外大塚の詐言と知りつぎこんだ前納金も被告から保険料の支払とは認められない破目におちて、本件契約の魅力を失い、むしろ自己の支出した金銭を損害として取戻すことを意図するに至ったことは、本件弁論の全趣旨からしてこれを推測するに難くない。

かかる事実よりすると、昭和四一年一二月二〇日頃にはすくなくも、本件契約を第三月分(昭和四一年六月二五日から同年七月二四日まで)の保険料不払を以て失効扱いとすることに対しては原告もこれを争わず、それを前提とした態度をとっているのであるから、結局本件契約は被告の失効扱いを原告が承認したことにより第三月分の保険料の払込期日をもって失効したものと解するを相当とする。成立に争いのない乙第九号証の一、二によるとその後において被告は昭和四二年三月二九日原告に対し前記3の(2)(3)の原告支払分を保険料の支払と認め、被告が先にした失効通知を撤回した事実が認められるが、右の如くすでに本件契約が失効したと解せられる以上、その後における契約の復活はまた当事者の意思の合致がなければ許されない。前認定10 11のような事情のもとにおいて、しかも保険期間の経過後に、被告が一片の通知をもって前言をひるがえし、契約の存続を主張することは一種の禁反言法理ともいうべき信義則によっても許されないであろう。

もっとも、この場合においても、なお次のような疑問が残るかも知れない。すなわち、被告の失効通知に対し原告はあくまで本件契約の存続を主張して争えばよかったので、あえてこれをなさず、被告に同調して契約を失効させてしまい、自己の支出した金銭を損害呼ばわりしても、それはむしろ、訴外大塚の金銭横領によって惹起されたというよりは、原告の自ら招いた損害というべきではないかと。原告に損害はないという被告の主張は、おそらくここまで含むものと解しなければならないであろう。しかしながら原告が本件契約の存続を断念したのは被告の失効扱いに誘発され、それに服したのであるから、今になって被告がかかる論法をもって原告を論難することも、やはり一種の禁反言、信義則にもとり許されないことと考える。

四、以上の次第で前記3 4の(1)ないし(6)の金員中、前記5の合計金五九、八〇〇円を除いた金四三三、二〇〇円は原告はこれを保険料前納金として支払いながら保険料として役立たなかったのであり、原告に生じた損害ということができる。そしてこの損害は前認定8の如く訴外大塚にだまされて前納し、同人に横領されたことによるものであるし、同人が当時被告会社に雇われ新規保険契約の募集及び既契約保険料の集金にたずさわっていたことは当事者間に争いのないところであるから、被告は訴外大塚の不法行為につき使用者としての責任を免かれない(民法第七一五条、保険募集の取締に関する法律第一一条)。

よって原告の請求は右金額の範囲で理由がある。前記5の金五九、八〇〇円は原告はこれを保険料として払い、保険料として役立ったのであるから、原告の損害と目するを得ない。

よって原告の本訴請求は金四二三、二〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四二年一〇月二六日以降支払ずみまで民法所定年五分の遅延損害金を求める限度で認容し、他を棄却する。<以下省略>。

(裁判官 海老沢美広)

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